つらい。呆然。やる気がないというより、心動かされるものがない。何をやっても楽しくないから、何もやりたくない。ただひたすら寝たい。
こういうとき私は、強く心に残るような作品を読んで元気を出す。今こそ『少女終末旅行』の残りを読むことにする。
終わった。終わってしまった。
何も面白くないときに心に残る作品を鑑賞すると、生きる元気が湧いてくる。
5 巻を読み終えた後、祖父の思い出を思い出し、涙が止まらなかった。
泣いていたとき、私は生きていることを思い出した。私には感情があって……何かを楽しいと思うし、何かを悲しいと思う。そんなことを、思い出した。どうも、ストレスに圧迫されてすべてが嫌になると、どうやら私は感情が薄くなるようだ。なくした記憶も、もう会えない祖父も、取り戻せない幼少期も、後悔も、振り返るとただひたすら悲しいのに、どういうわけか、瞳から滲み出る涙は感じたほどのないくらい暖かくて、生きる実感を私に与えてくれた。
……
必然に訪れる「終末」を私たちはどう受け入れればよいのだろう。
夜空を見上げてちっぽけな人間に生まれたことに絶望した日。
国会図書館の蔵書は人間が人生を全て捧げて読んでも一割すら読めないことに絶望した日。
人間が突然全員消滅したあと地球はどうなるか、というドキュメンタリー番組を見た日。
桜島の大規模噴火が起きれば鹿児島どころか南日本すら吹き飛ぶ可能性があると授業のビデオで見た日。
好きなゲームがたくさんあった Flash の終了が知らされた日。大好きだった Flash ゲームの名前を忘れた日。
祖父を喪った日。愛猫を喪った日。
初めて自分で計画を立てて友人のところに泊りがけで旅行に行って、終わるのが寂しくて別れた後のバスの中で大泣きした日。
夢で見た、視覚も聴覚もすべての感覚がノイズに呑まれながら迎える世界最後の日。
この中に書き記されるべき重要な「終わりを感じた日」を思い出したはずなのに、忘れてしまってこの日記に書きそびれてしまった日。
かなしい。
かなしいけれど、それをかなしいと思わなくても大丈夫になるときが来るとしたら、それはきっと素敵だ。